このところしばしば耳にする「オーバー・ツーリズム(over-tourism)」について書いてみようと思います。今回久しぶりに京都を訪問したおりに、そのことについて考えさせられるキッカケがあったからです。

 「オーバー・ツーリズム(over-tourism)」とは、特定の観光地に旅行者が殺到すること、そしてその影響で交通のマヒや自然破壊が起こって、住んでいる人の生活を害したり景観を損ねたりする問題を指します。世界ではローマやバルセロナやエベレストなどで、日本では京都・奈良・鎌倉・富士山などで発生しています。私が京都を訪れたのは2月の後半の連休で、中国人観光客激減の時期だったにもかかわらず、清水寺周辺のエリアは人があふれていました。(どうやら「今ならすいている」と考えた日本人が殺到していたようです。もっとも銀閣寺や金閣寺や祇園あたりはそれほど混雑していませんでした。)

 お寺を見終わって、ホテルに帰ろうとバスを待っていた時のことです。10分に一本の間隔で走っているはずのバスが25分待ってもなかなか来ません。すると間もなく、同じ番号のバスが2台つながって来ました。一台目のバスには私の前に並んでいた3人が乗り、「満員ですので後ろのバスにお乗り下さい」との運転手のアナウンス。ところが後ろのバスはドアも開けないで「満員通過します」とのアナウンスのみ。思わず「えーっ!!」と叫ぶと、そばに立っていたシニアのご婦人がこう言いました。「こんなん、日常茶飯事ですよ。私ら京都のモンは生活の足としてバスはほとんど使えないんですよ。」【ちなみに、バスをあきらめた私は45分歩いて帰りましたが、10分歩いたところで、先ほどの2台のバスを徒歩でゆうゆうと追い越しました。】

 また別の日にバスに乗っていた時に、たまたま話をしたシニアの方は、「ウイルスのお陰で町がすいてます。だって聞こえてくるのが日本語ですもん。普段は日本語がほとんど聞こえてきませんよ。」と。私の関西の友達も、「今こんな状況になって世の中は大変だけど、京都の人達はほっとしているんだよ。ピーク時にはこの3倍は人が多いよ。」と教えてくれました。

 すいていると言われているこの時期でさえこうなのですから、ウイルス騒ぎの前はどんなだったのでしょうか?そういった、私たちが全く知らない現実があるということを思い知らされた旅でした。

 ちなみに「すいている」という単語は英語にはありません。「混んでいる」の"crowded"を否定して"not crowded"と言うしかないことになります。「京都は普段よりも(ずっと)すいている」と言いたい時には、次のように言います。

Kyoto is (much) less crowded than usual.

"less"という語は"little"(少し・少ない)の〈比較級〉で、直訳すれば「より少なく混んでいる」とでもなるでしょうか。「ある状態の程度がより少ない」場合に使われる少し高度な用法です。